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福岡地方裁判所 昭和32年(行)16号 判決

原告 石橋延枝

被告 国

主文

被告は原告に対して、福岡市大字堤字坂本三百七十一番地、一、山林三反六畝歩につき福岡法務局西新町出張所昭和二十五年十二月十四日受付第八八四一号をもつてなされた同年七月二日付自作農創設特別措置法第三条の規定に基く買収による、農林省のための所有権取得登記の抹消登記手続をしなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、

本件土地である福岡市大字堤字坂本三百七十一番地所在の山林三反六畝歩は、もと原告先代石橋久百の所有であつたが、昭和十七年五月七日同人の死亡により、原告が相続してその所有権を取得した。

ところが、本件土地には、福岡法務局西新町出張所昭和二十五年十二月十四日受付第八八四一号を以て、同年七月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条の規定に基く買収による農林省のための所有権取得登記がなされている。

然しながら本件土地の買収手続には以下述べるような違法があり当然無効というべく、被告はその所有権を取得していないのであるから、右所有権取得の登記は抹消されなければならない。

本件土地については、その地目が山林であるところから、自創法第三十八条第三十条の規定により、昭和二十四年六月頃より未墾地買収の手続が進められたところ、福岡市樋井川農地委員会がなした買収計画につき、原告は同年六月二十日同委員会に対し自創法第七条(同法第三十一条により準用)の規定に基き同条所定の期間内に異議の申立をなしたものであるが、同委員会は右申立に対し何等の決定も又通知もなさなかつたのである。右の如く異議申立に対する決定を経ず、従つて又その決定の通知をしないままに買収処分を実施することは、法律に定めた手続を経ない違法な処分というべく、被買収者の救済手段を不法に奪うことになり、その瑕疵は重大且つ明白であるから当然無効である。

仮りに右の主張が容れられないとしても、自創法第三十四条によつて準用される同法第九条によると、未墾地の買収手続の場合でも都道府県農地委員会(本件の場合は福岡県農地委員会)によつて承認された農地買収計画に基き都道府県知事(本件の場合は福岡県知事)が当該農地の所有者に対し買収令書を交付してその買収が行われなければならない。然るに、本件土地に対する福岡県知事の買収令書は所有者たる原告に交付されていない。

尤も、右買収令書が一応発せられ、福岡市西部農地委員会を通じて原告に交付されようとした事実はあるが、原告は前示異議申立につき未だ何等の決定通知に接していないことを理由に右買収令書の受領を拒絶したものである。このような場合には、自創法第九条第一項但書(同法第三十四条により準用)の規定により公告がなされなければならず、その公告を経てはじめて買収令書交付の効果が生じるわけであるが、右公告がなされた事実はない。

従つて本件土地の買収は、買収令書交付の手続を欠いているからその処分は無効である。

又仮りに本件土地の買収処分が有効になされたものであるとしても、それは、前示の如く自創法第三十条の規定による買収処分であるから、同条の規定による買収として所有権取得の登記をなすべきであるのに拘らず、同法第三条の規定による買収としてなした本件土地の所有権取得登記手続は無効である。

と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、本件土地はもと原告の先代石橋久百の所有であつたが、同人の死亡により原告がこれを相続してその所有権を取得したこと、及び本件土地につきその主張の如き所有権取得の登記が農林省のためになされていることは認める。

然し本件土地の買収は、自創法第三十八条、第三十条の規定によつて適法になされたものであつて、その買収処分には、原告が主張するような違反は存しないから、被告の本件土地所有権取得の登記を抹消すべき理由はない。すなわち、

福岡市樋井川農地委員会は、本件土地について、自創法第三十八条第三十条の規定により未墾地買収計画を樹立し、昭和二十四年六月十三日から二十日間これを縦覧に供したところ、同月二十日原告から、右買収計画に対して異議の申立がなされたので、同委員会は同年八月六日右申立を却下する決定をなし、同月二十九日付通知書をもつて右決定を原告に通知し、右通知書はその頃原告に到達している。

右決定に対しては期間内に訴願がなされなかつた(尤も昭和二十七年十月十八日に至り、原告は福岡県農業委員会に対して、訴願をなしたが、同委員会は期間経過を理由にこれを却下した)ので、福岡県農地委員会は昭和二十五年六月二十日、前記買収計画を承認し福岡県知事は右買収計画に基いて本件土地につき、同年七月二日を買収の時期と定めて未墾地買収処分をなした。

而して本件土地の買収令書は、福岡県知事より福岡市樋井川農地委員会に送付され、更に原告の住居地を管轄する同市西部農地委員会に廻送された。そこで同委員会は被告に対して買収令書受領のため同委員会に出頭方を通知したところ、昭和二十五年十月三日原告の母訴外石橋フジが出頭したので該買収令書を同人に交付した。

仮りに原告が主張するように右石橋フジが理由なく該買収令書の受領を拒否したとしても、同人は同委員会の係員より、一度右令書の交付を受け、内容を検討したのちこれを係員に差し戻し、結局右令書を持ち帰らなかつたというに過ぎないから、これにより右買収令書交付の効果が損われるものではない。

又仮に右買収令書の交付がその効果を生じていないとしても、前記西部農地委員会において石橋フジに対し重ねて右買収令書の受領方を促したのに拘らず、同人は理由なくこれを拒んだため、原告もまたこれを拒絶すること明白であり、かかる場合には自創法第九条第一項但書にいわゆる「令書の交付をすることができないとき」にあたるものとして、福岡県知事は、昭和二十六年二月一日同法第三十四条第九条第一項但書に基いて買収令書の交付に代えて公告をなしているから、買収令書の交付手続に瑕疵はない。

おな、本件土地は前示の如く自創法第三十八条第三十条の規定に基いて買収されたものであるところ、その買収登記を嘱託する際の事務上の手違いにより同法第三条の規定に基く買収として登記されたことは、原告主張のとおりであるが、右瑕疵については、当然更正登記が許されるものと解する。仮りにそうでないとしても、右登記は国がその所有権を取得した点において現在の実体関係に符合しているものであるから、右瑕疵は右登記の効力を左右するものではない。

と述べた。(証拠省略)

理由

本件土地は、もと原告先代石橋久百の所有であつたが、昭和十七年五月七日同人の死亡により原告がこれを相続してその所有権を取得したこと、及び本件土地には福岡法務局西新町出張所昭和二十五年十二月十四日受付第八八四一号をもつて、同年七月二日自創法第三条の規定に基く買収による農林省のための所有権取得登記がなされていることについては当事者間に争いがない。

成立に争のない甲第一号証、同第二号証、乙第二号証、同第四号証、同第六号証、証人中村一男の証言(第二回)により成立を認める乙第三号証、弁論の全趣旨よりその成立を認める乙第五号証、証人石橋フジ(第一、二回)証人渡辺信の各証言、ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地について、当時所轄の福岡市樋井川農地委員会が自創法第三十八条、第三十条の規定により、未墾地買収計画を樹立し、昭和二十四年六月十三日その旨を公告し、同日より二十日間これを縦覧に供したことが認められ、この買収計画に対し同月二十日原告から異議の申立がなされたことについては当事者間に争がない。

そこで右樋井川農地委員会において右異議申立に対してどのような措置がとられたかについて判断する。

前掲乙第三号証、証人中村一男(第二回)同石橋フジ(第一回)の各証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、右樋井川農地委員会は昭和二十四年八月六日右異議申立を却下する旨の決定をなし、同月二十九日付をもつて原告宛の右決定通知書を作成したことが認められるが、右石橋フジの証言(第一、二回)ならびに証人山坂勘之輔の証言によれば、原告の叔父である右山坂は当時原告とは住居を異にし、右通知書その他原告所有農地の買収に関する書類を原告に代つて受領する権限など全く原告から授与されていなかつたことが認められ、更に同委員会が右決定通知書を原告に手渡し或は郵送その他の発送手続をなした事蹟を認めるに足る確証はない。証人中村一男(第二回)の証言中、当時右樋井川農地委員会の係員であつた同人が山坂勘之輔に右通知書を原告に交付すべく依頼して同通知書を交付した趣旨の供述部分は右認定の諸事実ならびに前記山坂勘之輔の証言に照らしてにわかに措信できず、他に右通知書が原告に送達された事実を認めるに足る証拠はない。

してみれば、右決定通知書は未だ原告に送達されず決定通知の効力は生じていないものといわねばならない。

而して右の如く農地買収計画に対して異議の申立がなされた場合、これに対する決定の通知がなされずに買収処分が実施されるとすれば、被買収者の訴願の途を不法に閉さずことになるので、該買収処分は重大かつ明白なる瑕疵ある処分として当然無効と解すべきところ、前記の如く、本件土地に関する樋井川農地委員会の未墾地買収計画に対して原告がなした異議申立に対しては、未だ同委員会の却下決定の通知が原告に対してなされていないのであるから、その後になされる一連の買収処分手続は無効に帰するものといわねばならない。

従つて買収令書の交付の有無その他の争点について更に進んで判断するまでもなく、本件土地の買収処分は無効の処分というべく、本件土地の所有権はなお原告に存し、国がその所有権を取得するものではないから、本件土地に関してなされた本件所有権取得の登記は無効のものとして抹消されなければならない。よつて原告の本訴請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍正三 山口定男 前田一昭)

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